2009年7月1日水曜日

【第45回】森を育てるという生き方①


― 真鶴の魚付き保安林 ―

RISE科学教育研究会のメンバー「エルプレイス」(玉水亘代表)が主催する『海洋学習体験2009』(子どもゆめ基金助成活動)は、真鶴の琴ヶ浜海岸で行なわれます。真鶴は観光地としてあまりなじみがないかもしれませんが、東京からも近く、昨年来私もその魅力に惹かれ数回訪れ、そのたびに新たな発見と楽しみを与えてくれる土地です。

  真鶴町は神奈川県の南に位置しており、相模湾に面し小田原と湯河原に挟まれています。人口は8200人ほど(09年6月推定)、漁業と石材(小松石という良質の石材が取れます)、農業(主にみかん)、観光を主な産業とし、その地形が鶴に似ていることから真鶴と名付けられました。真鶴駅前の荒井城址公園から出発し、中川一政美術館、真鶴岬や三ツ石、そして琴ケ浜を巡って貴船神社、港にある魚座と、その気になれば1日で主な観光地はほとんど歩いて回れるくらいの小さな半島です。三ツ石や琴ヶ浜ではカニや魚を相手に磯遊びが楽しめ、観光船に乗って海から岬から三ツ石まで眺めることもできます。暖流の上限となる沿岸で獲れる魚介類は種類も多く(アジ・イナダ・サワラ・スズキ・タチウオ・ヒラマサ・キハダ・メジ・メバル・ムツ・マンボウ・カワハギ・カツオ・サバ・イワシや、伊勢海老・アワビ・サザエなどその数200種類)、新鮮で美味であることは言うまでもありません。真鶴岬にある「ケープ真鶴」という施設(2Fに「海の学校」あり)では、様々な種類の美しい貝殻が販売され、楽しい旅の記念にもなります。

  ただ、温泉が出ないことから観光地としては目立たず、水源となる川もなく地下水も少ないため周辺の自治体から購入しなければ水の供給も難しいので、人口を抑制しなければならないといったことから新たな住民を多く受け入れられないといった状況もあるようです。そのような背景もあり、真鶴町には全国に先駆け「まちづくり条例」(1993年)を制定し、バブルの頃のリゾートマンション開発に歯止めをかける一方、2005年に湯河原町との合併計画では住民投票で僅差ではありますが反対となり、中止されたといったことがありました。

  「真鶴町まちづくり条例」は、まちづくり計画として「美の原則」「美の基準」、開発や建築を行うときのルール、議会の役割や住民参加などを定めています。場所・格付け・尺度・調和・材料と芸術・コミュニティ・眺め、という8項目を基準とする「美の原則」は法令上規定することは異例であり、なじまない気がしますが、デザインコードはチャールズ皇太子の『英国の未来像 建築に関する考察』や都市計画家・建築家であるクリストファー・アレグザンダー(カリフォルニア大学バークレー校教授) の「パタン・ランゲージ」の発想を参照しているとのことです。そのため、町全体は清潔な印象を受け、この条例の一つの成果である「コミュニティ真鶴」という公民館の建物は、周囲との調和を取りながらも、その美しさに一際目を引きます。

  この背景には、町の人々が「御林(おはやし」と呼ぶ「魚付き保安林」の存在が欠かせないのではないでしょうか?真鶴半島自然公園には、森林浴遊歩道や番場浦遊歩道、海沿いを歩ける潮騒遊歩道などがありますが、御林遊歩道は魚付き保安林の中を歩くことができます。

  真鶴半島は箱根火山の外輪山の一部が相模湾に突き出たもので、海岸は高さ20m程の岸壁が続き、人が海岸に近づけないほど未開発な場所もあります。このような自然が造り出した豊かな原生林は、松・クス・シイなどの常緑樹の巨木とシダ類が生い茂っている豊かな森で、昔から漁師たちの間で「魚を育てる森」と言われ大切に守られてきた森だそうです。雨は森をつたい海水温度を変えることなく海へ流れ、バランス良く循環することで「魚も森に育てられている」と考え、これらの恩恵をもたらしてくれる森として「魚付き保安林」と呼ばれているそうです。「海の学校」の渡部先生お話では、つい最近まで教科書にも載ってたくらい、高木層・亜高木層・低木層・草本層・林床という森林の相観とのこと。

  「森が海を育てる」という考え方は、今では当たり前のように思われるかもしれませんが、この考えを長年にわたって日々実践してきた真鶴の人々には、敬服せざるを得ません。

  『海洋学習体験2009』は定員残り数名ですが、7月27日(月)・28日(火)には日本三大船祭である勇壮な「貴船まつり」(28日がクライマックス)、8月1日(土)「岩海岸の灯籠流し」、8/30(日)「真鶴よさこい大漁まつり」と、お祭り好きの真鶴はイベントに事欠きません。この夏、真鶴の魅力と出合ってみてはいかがでしょうか?

【参考文献】
「美の条例 ― いきづく町をつくる」(五十嵐敬喜・野口和雄・池上修一著:学芸出版)


To be continue・・・