2011年12月1日木曜日

【第65回】ロボット教育・指導者養成講座

~ ロボットが創る白熱教室 ~

以前いろいろなロボット講座に通っている小学生の女の子がいて、私が手がける科学館講座やRISE科学教育研究会(視線10回参照)主催「こどもロボット研究室」にも何度も通ってきていました。彼女はロボット講座用のノートを作っていて私の講座のページもあり、『熱血先生』というタイトルがついていました。

私が『熱血』かどうかはさておき、講座では子供たちが『白熱』して活動に取り組んでいるのは確かです。小学高学年でも休憩時間を設けても、あまり白熱しすぎて休憩を取らずにオモラシをしてしまう子もいるほどです。小学校にボランティアでロボット講座で行うときなど、「ウチの子供たちは集中力がないので頻繁に休み時間を取ってください」とおっしゃる先生が多いのですが、蓋を開けてみると子供たちは夢中で試行錯誤し、集中力が途切れることはありません。学校の先生でしょうか?科学館などの授業で熱心に私の授業をメモしている父母の方もいらっしゃいます。

これは、ロボット教材という優れた「ハンズオン教材」(視線8・9・63・64回参照)と「コンストラクショニズム」(視線2~4回参照)という教育理論が合致してなせる業なのです。しかも、活動は「オープンエンド」(視線11・12回参照)であり、課題の答えは1つではなく、子供たちの考えにより千差万別なアプローチが可能となります。
当然、課題設定には「発達の最近接領域」(視線44・60回参照)が考慮されなければなりません。これらが綿密な計算のもとにデザインされ、上手く融合された時に初めて子供たちの『白熱』が生まれます。そして、この『白熱』の中から子供たちは多くのものを学び取ることができるのです。要するに、「教材」と「カリキュラム」、そして「指導方法」が三位一体となって初めて『白熱授業』が実現できるということです。

「科学的リテラシーを向上させる優れた理科授業に関する教師用ビデオ教材の開発(平成22年 研究者代表 小倉康(国立教育政策研究所)」というA4版426頁に及ぶ分厚な、平成19年~21年科学教育研究費助成金・研究成果報告書が手元にあります。この内容は改めてご紹介する機会もあるかと存じますが、最後の方に「『ロボットを取り入れた科学的リテラシーの指導法』ワークショップ」という章があり、ここには私共が実践してきたアクティビティ(活動)がいくつも紹介されています。
国立教育製作研究所は「教育政策に関する総合的な国立の研究機関として、学術的な研究活動から得た成果を、教育政策の企画・立案にとって有意義な知見として集約・提示する立場にあります。また、国際社会において日本を代表する研究機関であるとともに、国内の教育に関係する機関や団体等に対して、情報を提供したり必要な助言・支援を行う立場にあります」(http://www.nier.go.jp/index.html)。
すなわち、国の教育政策を決定する機関となります。私共の教育実践が国の教育政策に微力ながら影響を与えつつあるのを感じます。

私共の教育実践を広く普及しなければならないという使命感を常に持っていました。しかし、私共が築き上げてきたカリキュラムが独り歩きし、「コンストラクショニズム」という指導方法が伴わなければ、真に「科学的リテラシー」を育てる教育にはなりません。そこで、RISE科学教育研究会では指導者を育成することを目的に『ロボット教育・指導者養成講座』(http://www.rise-j.net/)を始めました。初回は今年9月に行いましたが、参加者はわずか3名でしたが、学校の先生、学習塾の先生、一般の方というように異なった立場で関心を持たれたようです。次回は、2012年1月22日(日)になります。ご興味がある方は奮ってご参加ください。

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2011年11月1日火曜日

【第64回】生きた知識を求めて

~ ハンズオン・ラーニングの意義 ~

前回はハンズオン・ラーニングで使用する教材に求める在り方についてお話しいたしましたが、今回はなぜ、ハンズオン・ラーニングが必要なのかをお話ししたいと思います。

外部講座や講習会でいろいろな子供たちに接する機会が多いのですが、最近何かを尋ねたとき、子供たちの返事に気になることがあります。一つは「それ、知ってる」という返事。もう一つは、「習っていないから分からない」という返事。
前者は、どこかで見聞きしたのでしょう。科学的な事象や現象で言えば、科学館などのサイエンスショーかテレビで見たのかもしれません。しかし、それが意味することは何なのか?なぜ、そのようなことが起こるのか?という一歩立ち入ろうとする疑問や興味・関心が「知ってる」という一言で遮断されてしまっているような気がします。後者は、知識はだれかから教わるものだという大前提があって、初めて出合った事柄について自ら考える姿勢が希薄になっているように感じます。

数年前「WRO」というレゴ(R)のロボットで競うロボットコンテストの世界大会が横浜で行われたとき、レゴエデュケーション(R)のデンマーク本社から来た幹部に、「当日突然出された課題に対して、デンマークの子は対応できるのに、なぜ日本の子は対応できないのか?」と聞かれたことがあります。「高校生までは『学校の先生の言うとおりに勉強しさい』、大学に入ると『自分で勉強しなさい』、社会に出ると『自分で考えろ』というのが、日本人の教育の特徴だからかもしれない」というような返事をしたところ、「それでいいのか?」と本気で心配されたことを思い出します。

子供たちが自らの頭で考えるきっかけを、大人はどのように作ったらいいのでしょう?自発的にものを考える拠り所を、どのように提示すればいいのでしょう?

ある学習塾の小・中学生の受験生を相手に、組み合わせたギアを見せてギア比を計算させたところ、見事に正解できました。次に、「では、何対何のギア比になるように、好きなようにギアを組み合わせてごらん」と言うと、ものの数分も経たない内に皆お手上げになってしまいました。しかし、当アカデミーの生徒たちはいろいろとギアを組み換え、その度に「いーち、にー、さーん…」などと数え、その末に「できた―!」と叫びます。そして、「このギアが何回まわると、このギアが何回まわり、その動きがこのギアに伝わって…」と、力の伝わり方のプロセスを説明し始めます。
計算とは、関係を式に表し、あとは決められた計算方法に従って解くだけのブラック・ボックスにしか過ぎません。オープンエンド(正解は1つではない)の課題なので、同じギア比でもやり方が異なれば、摩擦なども関係してギアを回す手にかかる力も異なります。どちらが「生きた知識」で、どちらが「死んだ知識」なのかは歴然です。

これは、レゴ(R) 教育用ブロックという『ハンズオン教材』を日頃から使って学んでいることの成果の一つではないでしょうか?授業では、頭の中だけで考えて結論を出さないこと、必ず推論を立ててから実験すること、その結果を考えることを徹底して行っています。そのためか、実証的な精神が育っているのかもしれません。

このように、ペーパー一辺倒の学習とは異なり、手と頭をフルに使って学ぶ「ハンズオン・ラーニング」は、子供に自分から考えるきっかけを与え、何かを考えたり何かを成し遂げる際に必要な根気や粘り強さをも育てるのに有効な学びなのです。しかも、これが実社会との結びつきを常に意識しながら学習できるのならば、子供たち自身が学習の意義を十分に感じることもでき、高いモチベーションをもって学習に取り組めるのではないでしょうか?
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2011年10月15日土曜日

【第63回】スティーブ・ジョブズ死去

~ ツールが持つ力 ~

「Appleは先見と創造性に満ちた天才を失いました。世界は一人の素晴らしい人物を失いました。スティーブを知り、共に仕事をすることができた幸運な私たちは、大切な友人と、常にインスピレーションを与えてくれる師を失いました。スティーブは彼にしか作れなかった会社を残しました。スティーブの精神は永遠にAppleの基礎であり続けます。(http://www.apple.com/jp/stevejobs/)」 10月5日、米アップル社スティーブ・ジョブズ氏(享年56歳)の死は世界に深い悲しみをもたらしました。

MacOS、iMac、iPod、iPhone、iPad…、次々と生み出される、圧倒的に素敵なデザインとワクワクするような新しい機能を持つアップル社の製品は、私たちの生活を、社会を大きく変える原動力になってきたことは誰もが認めるところではないでしょうか。最近ではタブレット端末iPadの出現が印刷業界や出版業界において電子書籍化を一気に加速化し、ある調査では日本の先生の約7割が教育現場への導入に前向きな意向を示しているとのことです。様々な端末器は所詮単なる「ツール(道具)」かもしれません。しかし、この情報化社会において、技術革新による新たな「ツール」の発明が人間生活に与える影響は計り知れないものがあるのも事実です。

当アカデミーのようにHands-on-learning(ハンズオン・ラーニング:ペーパーには依らず具体物を用いて行う直接体験型の学び)を実践する場においては、教材は大切な「ツール」です。かつては玩具でしかなかったレゴブロックがマサチューセッツ工科大学メディアラボとの共同開発によって、科学技術教育の教材に生まれ変わりました。1998年レゴ社製ロボット製作キット「マインドストーム(Mindstorms) 」の出現によって、世界の教育現場にロボットを教材とした授業が導入されるようになり、世界大会まで開催されるロボットコンテストも生まれました。『Mindstorms』は元々、「コンストラクショニズム」という教育理論を提唱しているシーモア・パパートが自身の理論と実践を記した著書の題名です。「ツール」が教育の変革を強くサポートした典型的な一例ではないでしょうか。

私共は、レゴ社の教育用ブロックだけでなく、リトル・ダビンチでも、優れたハンズオン教材の備えるべき条件は以下のように考えております。

1)色やデザインの見た目が魅力的であり、その教材が対象とする年齢の子供たちに楽しそうに感じられること
2)素材が安全であり、手で触った感触がいいこと
3)オープンエンドの学びが実現できること
  (たった1つの正解が予定されているのではなく、多様な解答が実現できること)
4)操作の難易度が対象年齢に合っており、操作にストレスを感じさせないこと
5)これらの条件を満たし、教材自体が子供の試行錯誤を支援するものであること

ジョブズ氏のように圧倒的に革命的なツールを私共が自らの力で生み出していく能力はありません。せめて、これらの教材(ツール)を有効に使って、「コンストラクショニズム」に基づいた教育が実践できるように授業案を練り、実践していくことが私共の使命であると考えております。

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2011年9月1日木曜日

【第62回】RISEサイエンス・キャンプ2011報告

~ 科学三昧の3日間 ~

高尾は暑かった。『サイエンス・キャンプ』(子どもゆめ基金助成活動)を行った8/9~11、高尾は猛暑日を記録。初日のうだるような暑さの中での高尾山登山に始まり、最終日にはスコールのような雷雨で戸外から慌てて室内に逃げ帰ったり、一瞬の停電に驚いたり。しかし、そんな暑さに負けないくらい熱い科学活動を行いました。

2005年にスタートし、2007年に場所を高尾に移したRISE科学教育研究会(中島晃芳代表)主催の『サイエンス・キャンプ』は、普通のキャンプとは一味もふた味も違います。テントを張ったり、飯ごう炊さんのご飯を食べたり、キャンプファイヤで楽しんだりするのは当り前。専門家による自然観察、昆虫採集、食育講座は毎年恒例です。
定番の中でも最も特徴的な活動は、「データロギング」。レゴ社製のロボット製作キットを用いて、各種センサーが取得したデータをパソコンにアップロードし、データを読み取る活動です。センサーを使った「暗号解読ゲーム」も、子供たちが熱中するメニューの一つです。

今年は、エネルギーや環境問題と関連付けながら「データで探る山の自然」をテーマとしました。登山の最中に光センサーと温度センサーでデータを収集し、道中の環境や体感温度の変化との関連を考察しました。チームごとに登山ルートが異なるので、それぞれのルートの特徴が表れた異なるデータが得られたことは、とても興味深いことでした。
自然観察の専門家からは高尾山の環境の変化と生物の変遷について学びました。また、エネルギーを自分で作る火起こし体験や、自分たちで制作したソーラークッカーを使ってのゆで卵づくり。二酸化炭素の発生実験や温暖化実験、植物の光合成実験、風力や太陽光による発電の実験。これらをデータロギングと組み合わせて行いました。そして、燃料電池カーの製作と実験、競技も。

アメリカで開発された環境教育プログラム『プロジェクトワイルド』は、昨年導入しました。これは「自然を大切に」と理解するだけでなく、「自然や環境のために行動できる人」を育成することを目的としています。今回のキャンプのフィナーレとして、『トンボ池』というアクティビティを行いました。
トンボ池という美しい自然を残す池に水力発電所をつくる計画が持ち上がりました(設定はオリジナルのものをアレンジしています)。参加生徒たちは電力会社や関連企業、住民などの立場に立って自分の意見を主張し、最終的にどこにどんな施設をつくるかを決めなければなりません。これは単なるディベートではなく、相手の主張を打ち負かせばいいという訳ではありません。自分の立場を主張しつつ合意形成を図らなければならないのです。
各チームは合意形成の結果に基づく地図を手にして、修了式の場で父母の皆様の前で発表しました。しかし、話はそれだけれは終わりません。周辺地域や国、世界との関わりを最後考えなければならないことに到ります。生徒たちは皆真剣に考えて議論し、短い時間の中で多くのことを学んだようです。

目まぐるしいスケジュールでしたが、参加生徒は朝早くから原っぱを駆け巡ったり、ツリーハウスで飛び跳ねたりと到って元気です。活動中もうつらうつらと舟をこぐ子もいません。よほど充実した時間を過ごしていたのでしょう。帰宅してから一気に疲れが出たのではないでしょうか?

年間を通した教育活動『こどもロボット研究室』の一環として、9月には2泊3日の『ロボットの鉄人』合宿、10月・11月には『自律型ロボット製作講座』を開催予定。子供たちの輝く笑顔と未来を思い描きながら、RISEは新しい学びを提言し続けます。


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2011年6月1日水曜日

【第61回】科学的リテラシー④

~ 「有能な他者」と「足場つくり」 ~

科学リテラシーを育てるには「メタ認知」に基づいた理科学習を進めることが必要であり、そのためには「発達の最近接領域」に当てはまる課題設定が必要であることを、これまでお話してきました。今回は、問題意識や見通し、目的意識を観察・実験についての質の高い考察へと変容させていく、『発達の最近接領域に基づく足場つくり』についてご紹介したいと思います。

ヴィゴツキーは「発達の最近接領域」によって、子どもが独力でできる問題解決だけではなく、大人あるいは仲間との協同的な問題解決の存在を提起しました。これは、個人レベルの学習だけではなく社会レベルの学習が、子どもの認識を変容させる状況を作りだすことを意味しています。森本信也氏は、子どもの認識を変容させる社会的レベルの存在を「有能な他者」と呼び、教科書、インターネット、教師の助言、仲間の意見、観察・実験器具など多様に存在することを指摘しています。そして問題は、こうした情報群を子どもにとって「有能な他者」として認識させ、彼らに積極的に情報の引き出しを図らせるかであり、その方略が検討されなければならない、と。

こうした方略をブルーナーは「足場つくり(scaffolding)」と名付け、その機能を次のようにまとめています。
(1)学習課題に対する興味を喚起する。
(2)子どもが問題解決を必要とされるプロセスについて見通しや目的意識を持てるようにするために、課題を単純化し、問題解決に至る段階を少なくする。
(3)動機づけや学習活動の方向付けをすることにより、学習目標到達への追究意欲を維持するようにする。
(4)子どもの問題解決内容と望ましい到達点とのズレを常に明確化する。
(5)子どもが問題解決に失敗し、落胆する気持ちをコントロールする。
(6)子どもに問題解決の進行と共に、その時点で望ましい到達点を示す。

このような「足場つくり」すなわち授業展開ができれば、子どもは教師のちょっとしたヒントやアドバイスを聞き逃すこともなく、他のお友達のつぶやきにも耳を傾けます。そして、これまで学んだ知識の中から活用できるものを懸命に引き出そうともします。子どもが何か解決に向けてのきっかけをつかんだ時に、なぜか皆「いいこと思いついた!」と目を輝かせます。

しかし、一方的に知識を与える授業とは異なり、このような授業展開は教師にとっては難易度の高い指導力が要求されます。年齢によってもクラスによっても個人によっても、状況は千差万別だからです。授業の導入で興味や関心を喚起し、問題解決に向けて諦めることなく根気よく試行錯誤を繰り返すように促し、自分の力で成し遂げたという達成感を味わってもらうには、やはり一筋縄ではいきません。

問題解決を果たしたときの達成感こそが次の課題にチャレンジする意欲を生み出し、自然に自分の力で学力を伸ばしていくという、理想的な学力向上を実現することができるのです。

【参考資料】
『子どもの科学的リテラシー形成を目指した生活科・理科授業の開発』
(森本信也・横浜国立大学理科教育学研究会 編著)

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2011年5月1日日曜日

【第60回】科学的リテラシー③

~ 発達の最近接領域 ~

前々回『メタ認知』を基本とした科学教育の必要性をご紹介しました。これは、まさに当アカデミーが実践する『コンストラクショニズム』(視線第2~5回参照)に当たります。では、『メタ認知』を発揮して学習者が自発的・自律的に問題解決に取り組めるようになるには、何が必要なのでしょうか?

アメリカの教育心理学者であり、認知心理学の生みの親でもあるブルーナー(Bruner.J.S)は、学習初期における直観的な曖昧模糊とした考えた学習者を動機付け、その考えを教授者が生かすとき、それは彼らにとって学習への見通しや目的意識を形づくることを指摘し、これを「ヒューリスティック(heuristic)」と名付けました。

前回紹介しました森本氏はこれを援用し、「問題解決の始まりは学者自身が疑問、目的意識、見通しや目的意識等の解決すべき課題をまず意識することであり、それこそが学習者の問題解決の動機になる。この活動が維持されていくと、それは結果として、子どもが常に自らの考えの進捗状況をモニタリングするという活動(メタ認知)へと結びついていく」と述べています。理科教育に置き換えると、「子どもに自然現象にかかわる思いつき、疑問、問題意識をもたせることが、科学的な発見や考察へと導く。そして、子どもの中でこうした活動が少しずつ意識づけられるとき、予想や仮説の形をとる見通しや問題意識として彼らの中に根付いていく。予想→観察・実験→結果→データ処理→考察という巷間指摘される理科における一連の問題解決過程へと子どもを動機付ける重要な要因、それは問題意識、見通し、目的意識であり、観察・実験についての考察の質に影響を与えていく。この過程において、『発達の最近接領域』に基づく『足場作り』によって、子どもの考えが徐々に科学的な内容に変換される」と指摘しています

『発達の最近接領域』とは、「子どもが自力で問題解決できる現時点での発達水準と、他者からの援助や協同により解決可能となる、より高度な潜在的発達水準のずれの範囲」を意味します。これは、「心理学のモーツァルト」とも称されたロシアの発達心理学者レフ・ヴィゴツキーが提唱し、課題設定の方法として当アカデミーでも最も重視している考え方です。また、ロボカップジュニアの大会で私が繰り返し申し上げている「子どもの自律的・自発的な学習をいかに確保するか? そのために、大人はどう関わるべきか?」も、この『発達の最近接領域』を考えれば分かり易いかと思います。

課題設定が子どもの発達水準よりも低すぎれば意味がありません。また、逆に高すぎれば学習意欲もなくなります。大人が無理に水準を引き上げようとすると子どもにとっては苦痛になってしまったり、大人の関与が度を超えて過剰になったりします。要するに、自分一人では解決できないけれど、お友達と意見を交換したり刺激を与え合う中で、あるいは先輩や先生と一緒に考えたり、ちょっとしたヒントやアドバイスをもらったりしながら、自分の力で到達し得るレベルの課題設定をしなければならない、ということです。

先生と生徒のやり取りだけではなく、生徒同士が意見や刺激を交換し合うコラボレーションの中で知恵や知識を高めていく、気付きと発見を積み上げてファシリテーターとしての先生の触媒を介して、自分たちの力で目標に到達するという授業運営を当アカデミーが採用しているのは、この『発達の最近接領域』の考えに基づいているからに他なりません。(視線第7回参照)

次回は、『足場つくり』について、お話しさせていただきます。

【参考資料】『子どもの科学的リテラシー形成を目指した生活科・理科授業の開発』(森本信也・横浜国立大学理科教育学研究会 編著)

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2011年4月24日日曜日

【第59回】がんばろう、日本!

~ 日本の光明はどこに? ~

3.11は日本人が永久に忘れられない日になりました。誰一人予想すらできなかった世界最大級の大地震と、それに次ぐ最大23mにも達したと言われる大津波で、一瞬にして街は瓦礫と化し、想像を絶するほどの多くの命を奪っていきました。それに加えて、福島第一原発の大事故は、原子力史上最悪の旧ソ連チェルノブイリ原発事故(19869)と同級の国際的な事故評価尺度(INES)で「深刻な事故」とされるレベル7に引き上げられました。太平洋戦争以来、日本が経験したことがない未曾有の大惨事が起きてしまいました。

東京や神奈川に住む私たちも計画停電や交通マヒ、水や物資の不足を初めて経験しました。3月に予定されていたロボカップジュニアの神奈川・西東京ノード大会(日吉校生徒参加)、東東京ノード大会(練馬校・飯田橋校生徒参加)も、その上位大会となる関東ブロック大会も中止となりました。そして、未だに毎日頻発する余震のたびに胸に去来する不安感、いつ集結するとも、どこまで深刻化するとも分からぬ原発事故への漠然とした恐怖感が、私たちの心に重く憂鬱にのしかかってきます。

「こんなに犠牲者が出ている中でのイベント開催は不謹慎ではないか?」「また災害が起きたらどうするのだ?」という自粛ムードで覆われた中、私が委員長を務める神奈川・西東京ノード運営委員会では、延期開催を決定し去る4/3(日)に実施いたしました。そして、東東京ノード大会も4/10に無事開催されました。

運営委員会の責務は大会を開催することにあります。また、ロボカップジュニアは単なるイベントではありせん。教育活動の一環なのです。明日を夢見る子供たちが自分たちの目標を目指して精一杯頑張っている姿は、大人たちの気持ちを明るくし、希望を見出させてくれます。これからの日本を築いていく子供たちの真摯な活動を万難を排して支援していくのが、大人の使命だと考えたからに他なりません。努力している子供たちを考えると、ジャンケンくじ引きで上位大会推薦者を決める訳にはいきません。

今後日本の経済はどうなるのでしょうか?工場が壊滅したり交通が遮断してしまったところもあったでしょう。電力供給も不安定になり、思うように生産が追いつかなかったり、技術開発の余裕がなくなったところもあるでしょう。国際競争力が低下し、経済が長期に渡って低迷しないでしょうか?放射能物質による汚染が広がった場合、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の締結に向けて進んでいる中、食糧自給率はどうなっていくのでしょうか?

今、日本は苦難の時を迎えています。時には歴史の教科書に答えが出ていない難問すら沢山あります。この複雑化した難問を受け継ぎ、解いていくのは次の世代を担う子供たちです。「希望に向けて逞しく歩んでいく子供たちこそ、日本の光明だ」と思わざるを得ません。今こそ、新しい世界の創出に必要な能力を育てる教育が重要であると痛感しております。

※予定しておりました「科学的リテラシー③」は次回掲載いたします。


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2011年3月1日火曜日

【第58回】科学的リテラシー②

~ メタ認知アプローチ ~

『メタ認知』というのは、「認知を認知すること。人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として客観的に把握し認識すること。言い換えると、自分の行動や考え方、知識量、特性、長所、短所などを、別の次元から眺めて認識(モニター)すること」です。

和田秀樹氏(精神科医、認知心理学者)は、「これからのビジネスリーダーにとって一番重要な資質は問題解決能力(正しい決断ができること)であり、その高め方は、①幅広く知識を増やし、②それを使って推論し、③メタ認知により自分の状況を的確に把握することである」と述べています。また、メタ認知は単に自分の状態を知るだけではなく、知り得たことから、自分がこれから何をしたらよいのか考え、より良い方向へ自分を変えていこうとする、自己修正能力(自己改造能力)も併せ持っており、これを「メタ認知的行動」と呼んでいます。激動する現代社会の中でリーダーとして生き残るためには、この力が是非とも必要であり、これを繰り返していくことが自己の成長にもつながるのです。

このように、メタ認知は自己の認知活動を評価し制御するはたらきをもつため、人間を対象としたあらゆる学問や研究領域の問題と密接に関与しています。特に、メタ認知を構成している能力をいかに発展させていくかは、「教育の問題」です。また、自己の活動の評価は価値観や倫理観にも影響されるため、人格形成やコミュニケーションの問題とも密接な関係があります。

前回紹介した森本教授はこう続けています。
「メタ認知を基本としながら理科学習を子どもに進めさせるには、『知識の記憶を強いる』授業ではなく、『知識を構築させる』授業が必要である。こうした授業では、単純な知識の記憶ではなく、知識の習得プロセスを理解し、習得した知識を問題解決において自律的に活用する能力の形成が志向される。それは、PISAのいうリテラシーの形成に他ならない

そして、「子どもが自然現象について理解するために、そこに隠された法則を追究すべく問題解決を図ろうとすること、言い換えれば見通しや目的意識意をもって学習に臨むこと、ということが先ず必要である。そして、見通しや目的意識をもって学習に臨むためには、予想や仮説が必要である。予想や仮説としての学習課題を明確にするためには、当然のことながらそのもとになる既有の知識や経験が必要となる。予想や仮説を検証、すなわち証拠となる事実を観察・実験から導き出すことにより、結果的に子どもの既有の知識は明確な根拠のもとで広がる。こうして、年齢に応じてもっている知識や経験に基づき予想や仮説をつくり、これを観察・実験を通して検証し、確かな根拠のもとに科学的知識を構築していく能力が形成されていくのである」と。

次回、具体的な指導法や学習法について述べたいと思います。

【参考資料】
『子どもの科学的リテラシー形成を目指した生活科・理科授業の開発』(森本信也・横浜国立大学理科教育学研究会編著)
『学習活動におけるメタ認知の活用について~小学校での実践例をとおして~』(中村祥一・千葉県総合教育センター)

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2011年2月1日火曜日

【第57回】科学的リテラシー①

~ 世界が求める「科学的リテラシー」とは? ~

前月号の新年のご挨拶で「OECDによる国際的学力到達度の調査PISA2009」の結果をご紹介、トゥルースの視線第51~53回では「数学的リテラシー」についてご紹介をしました。今回はPISAの「科学的リテラシー」とは何かをご紹介したいと思います。

PISAは、義務教育修了段階の15歳児が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面でどれだけ活用できるかをみるものであり、特定の学校カリキュラムをどれだけ習得しているかをみるものではありません。 思考プロセスの習得、概念の理解、及び各分野の様々な状況でそれらを生かす力を重視する学力調査です。現在日本を含む各国ではこのPISA型の学力を向上させるための教育施策に取り組んでいます。

中でも「科学的リテラシー」は次の能力に注目しています。
疑問を認識し、新しい知識を獲得し、科学的な事象を説明し、科学が関連する諸問題について証拠に基づいた結論を導き出すための科学的知識とその活用。
・科学の特徴的な諸側面を人間の知識と探究の一形態として理解すること。
・科学とテクノロジーが我々の物質的、知的、文化的環境をいかに形作っているかを認識すること。
・思慮深い一市民として、科学的な考えを持ち、科学が関連する諸問題に、自ら進んで関わること。

具体的な科学的能力については、次の3つを挙げています。
「科学的な疑問を認識すること」
   与えられた状況において科学的に調査できるような疑問を認識すること、与えられたテーマに関する科学的な情報を検索するためのキーワードを特定すること、科学的な調査の重要な特徴を認識すること。
「現象を科学的に説明すること」
   与えられた状況において科学の知識を適用すること、現象を科学的に記述し、解釈し、変化を予測すること。
「科学的な証拠を用いること」
   科学的根拠を解釈し、結論を導き、伝達すること、科学やテクノロジーの発達の社会的意味について考えること。

では、「科学的リテラシー」を育成するためには、どのような教育が必要なのかでしょうか?
日産科学振興財団特別プロジェクト‘子どもの科学的リテラシー向上を目指した義務教育9ヶ年の授業体系の開発’に携わった森本信也教授は、「子どもは自然現象から情報を収集し、処理し、知識として構築し、記憶させていく。子どもが自覚的に自らの認識プロセスを見つめ、その進捗を目指すという学習の様態は、『メタ認知』に他ならない」と述べています。

次回、『メタ認知』と、理科教育における『メタ認知アプローチ』についてお話ししたいと思います。

【参考文献】
『OECD 生徒の学習到達度調査~PISA2009年調査分析資料集~』(文部科学省国立教育政策研究所)
『子どもの科学的リテラシー形成を目指した生活科・理科授業の開発』(森本信也・横浜国立大学理科教育学研究会 編著)

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2011年1月1日土曜日

●2011年 新年のご挨拶にかえて ~「対話」から生まれる新しい学び~

明けまして、おめでとうございます。

昨年は、ロボカップジュニアでは4チーム(卒業生含む)が世界大会進出、レスキュー(プライマリ)で世界チャンピオン誕生、ダンスでプレゼンテーション賞受賞など、生徒たちが大活躍をしてくれた1年でした。これも生徒やご父母の皆様たちが当アカデミーの理念と目標をご理解くださり、ご協力くださった賜物と感謝しております。本当にありがとうございます。

国際的な学力の目標である第4回「国際的な学習到達度調査・PISA」(09年実施)の結果が昨年12月に発表されました。初めて都市として参加した上海が1位を独占。香港・韓国と上位がアジア勢が占めています。日本は、前回06年と比べ、科学的リテラシーが6位→5位、数学的リテラシーが10位→9位、読解力が15位→8位と少し上向きになり、長期低落傾向にやっと歯止めがかかったようです。

今年4月から小学校では新学習指導要領が全面実施されます。ゆとり教育の授業時間数よりも6年間で278時間増え、教科書も04年検定と比べ25%ページ数が増えます。一部教育関係者の中には「詰め込み教育に戻ってしまうのではないか」「暗記や暗唱が中心の教育に戻したり授業時間を増やしたりする方法では日本の教育が抱えている課題は解決できない」という声もあります。


朝日新聞では元旦から1面トップで特集『教育 あしたへ』を連日掲載しています。初回『答えは対話の中に』では、唯一の「正解」を求める時代は終わり、教師の「教え込み」から子ども同士の「対話」を目指す、小さな白熱教室を紹介。今各国が目指しているのは、子どもの多様な意見を吸い上げ、その場でどんどん流れを変え、子供同士で対話させる授業であり、「上海などアジアの都市部では、国の施策として子ども主体のコミュニケーション教育をしている。日本も、互いに考えを響き合わせ、共同で創造する授業に転換すべきだ」と、佐藤学(東大大学院教授)は『対話』の重要性を説いています。

ノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏は「国際レベルの切磋琢磨が必要。そのためには、ディスカッションができ世界と戦える若者を育てること。Competition(競争)は我々から最高のものを引き出す要素であり、正しい意味でのCompetitionはいくらでも必要である」(NHKスペシャル)と、ハーバード白熱教室を紹介した中原淳氏(東大淳教授) は「(日本の学生に)対話させてみると論理矛盾が多く議論がかみ合わない。世界レベルで議論し、コラボレーションできる教育が必要だ」(朝日新聞) と提言しています。

当アカデミーでは2000年よりレゴ(R) ブロックとロボットを教材とした科学技術教育を行っていますが、この教育の生みの親シーモア・パパート(マサチューセッツ工科大学メディアラボ名誉教授) が提唱する教育論「コンストラクショニズム」に基づいた授業を実践しています。この理論では、「教育は決して知識を与えることではなく、子どもたちが自らの活動を通して自分の力で知識を獲得し構築できるよう、学びをデザインする」ことが求められます。また、授業運営では、「先生対生徒ではなく、生徒同士が互いに意見を交換し合い刺激し合うというコラボレーションの中で知恵や知識を高めていく。生徒の発見と気づきを積み上げて目標に到達する」という方法を採っています。まさに「対話」の授業であり、これを算数や科学教育に応用したのが『リトル・ダヴィンチ』です。

現在の日本は政治的にも経済的にも閉塞感に満ちている感があります。長引くデフレ、少子高齢化と人口減、政府債務の累積…現在の日本が置かれている状況は過去の教科書に書かれていないものばかり。7年間宇宙を旅して帰還した「はやぶさ」のプロジェクトリーダー川口淳一郎氏は「イノベーション(技術革新)も考え方が青天井でないと出てこない。新しい発想をしたいのなら少し背伸びをして目線を変えることが大事です。本や論文で過去のことを読むだけでは自己規制しているのと同じで、イノベーションは生まれない」(朝日新聞)と。

暗記や暗唱を中心とした教育では、これらの難問を解決する力をつけることが出来ません。現実の問題や起こりうる問題に対して、学んで身につけた知識や得た情報をどのように活用して、その問題を解決するかという活用力、問題解決力、批判的思考(クリティカル・シンキング) 、コミュニケーション能力、忍耐、自信といった教科の枠を横断した能力、すなわちPISAが求める学力(CCC:クロス・カリキュラム・コンピタンス) が要求されているのです。これらはまさにロボカップジュニアや宇宙エレベーターの大会だけでなく、日頃の授業の「問題解決学習」や「卒業制作」でも実践している内容です。

昨今の教育に関する議論や科学者たちの言葉を耳にする度に、新しい教育の創出を使命としてきた私共としては、方向性が正しかったという確信を強めております。ご賛同いただいている皆様のご期待に応えるべく、世界に通用する学力を育成するという目標に向かって、さらに全力で突き進んで行きたいと決意を新たにしている次第です。

本年もよろしくお願いいたします。

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

危機感を持ちながら夢を追う生き方が好きだ。非常に高い夢を持っているかどうか?そこに向かって努力することは誰でもできるし、意義あることだと思う
― 根岸英一 ―


To be continue・・・