2013年1月21日月曜日

2013年 新年のご挨拶


デジタル・ネイティブ



 



激しい氷雨が打ちつける年の暮れから一転し、空は穏やかに晴れ渡り陽のぬくもりを感じながら新しい年の元旦を迎えました。「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの 海のごとくに波たたぬ世を」(昭和天皇)

新年明けましておめでとうございます。

今年は当アカデミー発足25周年を迎えます。また、「世界のブロックとロボットで学ぶ科学教室」として13年目になります。ここまで継続できたのも、ひとえに生徒諸君やご父母の皆様たちが当アカデミーの理念と目標をご理解くださり、ご協力くださった賜物と感謝しております。本当にありがとうございます。

昨年来、夢中になっているテレビ番組があります―『スーパープレゼンテーション』(NHKEテレ)MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏がナビゲーターを務め、TED(Technology Entertainment Design)というグループが年1回開催している講演会『TEDカンファレンス』を紹介しています。カンファレンスはカリフォルニア州ロングビーチで4日間にわたって開催され、この間約70人の演者が登場し、2000人程の聴衆が講演を聴くとのこと。ビル・クリントンやビル・ゲイツ、アル・ゴアなどの著名人はもちろん、突出したアイデアさえあれば一般人でも参加できるそうです。

どれも魅力的なプレゼンテーションばかりですが、特にデジタル技術については面白いものがたくさんあります。ニューヨークを拠点に活躍するマジシャンのマルコ・テンペストが、スマートフォンやバーチャル技術を使った華麗なパフォーマンスであっと驚くマジックを披露する『これぞ次世代マジック!』。色覚障害があるアーティストのニール・ハービソンが、人工頭脳装置「アイボーグ」によって目の前の色をすべて音で識別でき、多彩な世界を表現できるようになったという『僕はサイボーグ』。世界各国から総勢2000人がネット動画で参加し編成された感動的なコーラス『バーチャル合唱団 2000人の声(エリック・ウィテカー)。MITの研究者デブ・ロイは子どもが言語を習得する過程を科学的に解明するために、自宅に複数のビデオカメラを設置し、生まれたばかりの息子の日常を3年間9万時間にわたり記録したデータを分析。言葉が生まれる瞬間を目の当たりにする『言葉の誕生』。

中でも衝撃的だったのは、ジャーナリストのアダム・オストロウ『死後のデジタルライフ』。現在私たちはFacebookやツイッターなどのSNSに半永久的に残る途方もなく豊かなデジタル・アーカイブ(記録・資料)を日々作成している。自分が作ったビデオやメッセージをFacebookに死後投稿してくれるサービスや、今までのツイートを分析し、次に何を言うか予測するサービスまで登場している。人物を立体映像化する技術やより人間に近いやり取りをするロボットも進化している。膨大な情報を分析する技術はさらに進むだろう。そうなれば死後も生き続けられる、というのです。

ゲームデザイナーのクレイ・シャーキー『ゲームが世界を救う』では、現在私たちは オンラインゲームに週30億時間費やしているが、私たちが飢餓や貧困や気候変動や国際紛争や肥満といった問題を解決しようと思うなら、2020年までにオンラインゲームを少なくとも週に210億時間するようになる必要があると。ゲーマー達は、生産的至福状態、縦横のネットワークを築く能力、楽観的即行、壮大な意義への希求を持ち、現実の仕事に使える人的リソースであり、現在5億人いるゲーマーは10年後には15億人になる。世界の危急な問題をテーマにしたゲームを作れば、一瞬にしてたくさんの有効な解決策が見つかるはずだというのです。

ニューヨーク大学教授クレイ・シャーキー 『思考の余剰が世界を変える』では、この人的リソースを「思考の余剰」と名付けています。人類は自由な時間が年間1兆時間あり、世界の人々がボランティアとして、大きな、時には世界規模のプロジェクトに貢献し協力する能力がある。この能力を活用し、社会的なデザインに関わる課題を解決に導くには、「デジタル技術」と社会的な規範に基づいた「人の親切心」が必要だと。

しかし一方で、デジタル機器が人間の心理に及ぼす影響を研究するMIT教授シェリー・タークル『つながっていても孤独』は、デジタル機器との安易な付き合い方に警鐘を鳴らしています。人間関係は複雑だがケータイを使えば楽に人とつながることができる。しかも、自分でコントロールできる範囲で相手を選び、どのような自分も演じられる。つながっていても他人から隠れているようなものだ。人間は会話から自分との向き合い方を学ぶ。会話を避けていたら自分を内省する力がつかない。自分との向き合い方も分らなくなる。

今の子どもたちは、生まれながらにインターネットや PCのある生活環境の中で育ってきた世代「デジタル・ネイティブ」と呼ばれています。「アラブの春」に象徴されるように、デジタル技術やインターネットが時代を確実に変えつつあります。昨年日経新聞が『ネット人類未来』という特集で「巨大データの光と影」を扱っていました。新しい技術は両刃の剣。得るものもあれば失うものもあります。
このような時代に、どのような教育がデジタル・ネイティブの子どもたちの心を真に豊かに育てることができるのでしょうか? ― 常にこの問いと向き合いながら、新たな教育を模索し新たな教育を模索し、ご賛同いただいている皆様のご期待に応えられるよう、誠心誠意前進してまいりたいと存じます。

本年もご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

「これからは、テクノロジーを駆使して、自分の人生と自分の体と地域社会と政治と地球と、ちゃんと向き合うことが私たちに必要とされているのです」 ― 心理学者シェリー・タークル ―

【参考】TEDの公式サイト: http://www.ted.com/

中島晃芳